ホタテガイ

リサーチ

10月は冷凍のボイルベビーホタテを入手して、少し料理にこってみました。塩味と貝のうま味が絶妙でさまざまな料理に加えることができる、ヘルシーで便利な食材です。

はじめに

ホタテ(ホタテガイ)は、食用の二枚貝です。ホタテ貝柱のお刺身は味がギュッと詰まっていて絶妙な歯ごたえがあり、私も大好きです。
他に私がホタテガイについて知っていることは、寒い海で水揚げされるイメージくらい。最近は中国が輸入禁止措置をとったことや、北海道の猿払村(さるふつむら)の1人あたりの所得が港区、千代田区についで日本3位であることが、ニュースにもなりました。
ホタテガイは世界的に食用される二枚貝の種類であり、人類との関わりの歴史もとても深いものです。
このブログでは、ホタテガイの生物、食材、人類との関わりについて、調べて書いてみます。

ホタテガイの基本情報

生物として

生物学名はMizuhopecten yessoensisyessoensisは蝦夷(えぞ)の発音から由来している。
和名はホタテガイの他に、アキタガイ(秋田貝)、イタヤガイ(板屋貝)と呼ばれることもある。

生物分類学上はイタヤガイ科の食用二枚貝。寒海性。
一般に貝柱と呼ばれる部位を生物学的には後閉殻筋(こうへいかくきん)と呼ぶ。外套(がいとう)膜の縁には小さな触手が並んでいて、その間に青みを帯びた目がある。
大きく生育した殻は、殻高や殻経が20 cm、膨らみは5 cmほどになる。殻は1年で2 cm、2年で6 cm、3年で9 cm程度に成長する。寿命は10~12年。

本州の東北地方から北海道沿岸、オホーツク海、朝鮮半島東岸の水深5~30 mの砂礫(されき)底に棲む。砂礫粒子の細かい場所は好まない。
産卵期は水温9℃前後の時期で、陸奥湾では3月上旬、奥尻島では4月頃、根室では6月頃。
卵は海中で受精して、卵から孵ると丸い小さな貝という印象の形状の幼生であり、プランクトンのように浮遊生活を送る。5~7日で120マイクロメートルになる。300マイクロメートルくらいの大きさになるのに2~3週間を要し、幼生時のみ持っている足糸で砂や海藻などの地物に付着する。
成貝になると足糸は消えて、右殻を下にして海底に横たわる。

二枚貝貝殻の右と左

ホタテガイについて調べるまで、二枚貝の貝殻に左右があることを知りませんでした。貝の種類によって左右が逆になったりもするようです。

”ホタテは平らで褐色の方が左殻、ふくらみが強く白色の方が右殻。”
アサリの貝殻、どちらが右で、どちらが左?(兵庫県立農林水産技術総合センター)

”褐色の左殻が上になるのは砂に潜ったときに保護色となるため。”
青森生産技術センター

通常は海底のリップルマーク(砂上にできる波紋模様)の上に、潮上に腹縁(二枚貝の弧の部分)を向けている。

異常大発生するといずれ大量斃死(へいし)(ここでは動物が突然死ぬことを指す)する。周囲の環境が悪くなるとすぐ移動する。
移動は殻を激しく開閉して、殻の隙間から海水を噴射し、噴出の反対側へ反動で海底を跳ねるように短距離移動を繰り返す。一度の噴射で1~2 m移動できる。潮流に乗って一晩で500 m移動した記録もある。
ヒトデ、カレイ、タコ、タラなど外敵に襲われると、片側から激しく水を噴射して回転し、外敵を振りほどく。

食材としてのホタテ貝

食材として

ホタテガイは生きている殻付きのものが最上品とされ、少し口を開けている物を選ぶと良い。むき身は、どれも鮮度に差は無いとされる。うま味の塊のような食材で、大きな貝柱、外套膜のひもも食べられる。
鮮度の良い物は刺身や握りすしの種、酢の物や煮物にも適する。磯の香りを楽しむなら、殻付きのまま火にかけて貝焼きにするのも美味。秋田のしょっつる鍋はホタテ貝殻を利用していることでも有名。洋風の調理では、グラタン(コキーユ【仏:coquille(英語ではコキール)】やフライ、ワイン煮などにする。
ホタテガイは加熱してもあまりかたくならないが、食味上からあまり熱を加えすぎない方が良い。
塩ゆでして干した貝柱は干貝(かんぺい)と呼ばれ、中国料理でよく使われる。

近年は養殖が盛んで流通している大部分は養殖物である。冷凍技術の発展もあり年間を通して買い求めることができるが、本来の旬は冬ごろ。とくに10月が良いとされる。
一方で、古代ギリシア人のアリストテレスは《動物誌》の中で、ホタテガイは卵をはらんでいるときが一番美味しいと記している。

ホタテガイの仲間は世界各国で食用される貝だが、日本で一般的に食べられるようになったのは養殖ができるようになった戦後のこと。
江戸時代に書かれた《本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)》には「味は佳(よ)くない。海俗(うみのたみ)も之(これ)を食べない」とあり、貝柱の美味しさについての記載は少なくとも江戸時代では東北以南の人にはなじみの薄い食材であった可能性が高い。

私がボイルの冷凍ベビーホタテを手頃な値段で入手したときは、ベビーホタテと溶けるチーズをくるんだオムレツ、あるいは白菜など葉野菜とベビーホタテを具材にした簡単な煮麺をよく作ります。スープはヒガシマルのうどんそばスープを使用するので、味を外すことはありません。

ホタテと白菜の煮麺(にゅうめん)

貝毒

ホタテガイの貝毒には、麻痺性貝毒と下痢性貝毒がある。ホタテガイが摂取した有害プランクトンの毒素がうろ(中腸腺)に一時的に濃縮され、出荷できる期間が短期化することがある。
昭和56年の食品衛生法により二枚貝に対する麻痺性貝毒の規制値が存在し、北海道をはじめ二枚貝の主要生産地では自主的に貝毒の検査して、安全性を確認してから出荷するため、市場に流通しているホタテガイは安全である
農林水産省HP

ホタテガイのうま味
ホタテガイの美味しさは、複数のアミノ酸(グリシン、グルタミン酸、アラニン、アルギニンなど)、RNAを構成する核酸物質のひとつであるアデニル酸、またナトリウムイオンやカリウムイオンと塩化物イオンで構成されている。
特に、グリシンはホタテガイの甘みに大きく影響し全体的な美味しさにつながっている。アルギニンは本来苦みを感じる物質であるが、ホタテガイにおいては好ましい味と感じる要素になっている。ナトリウムイオンやカリウムイオン、塩化物イオンは味の持続性、複雑さ、こく、まろやかさに寄与している。
そしてホタテガイに多量に含まれるグリコーゲンは、味の持続性、複雑さ、こく、まろやかさなどを強め、濃厚感を出すのに役立っていると考えられている。
渡辺勝子. ホタテガイエキス成分の呈味上の役割, 日本食品科学工学会誌 1990 年 37 巻 6 号, p. 439-445

ベビーホタテとは
ベビーホタテはホタテガイと何が違うのか。もしかして他の種類の貝なのかと思っていましたが、養殖で大きなホタテガイを育てるために稚貝の段階で間引かれた小さいホタテガイをさして、ベビーホタテと呼称しているようです。
ホタテガイの産地では、スーパーなどで鮮度の良い稚貝がパックにされて販売される時期もあるようです。

ホタテ貝の養殖について

天然のホタテガイは元々豊凶が激しく安定した漁獲量ではなかった。ホタテガイの養殖は1934年(昭和9年)以降試行錯誤され、1963年(昭和38年)まで企業化されていなかったが、岩手県、青森県、宮城県、北海道のサロマ湖や噴火湾(北海道の内浦湾(うちうらわん))で養殖場が設置された。1960年代後半に養殖技術の飛躍的発展を遂げ、1970年頃から生産量が増えた。国内で年間約52万トン(2021年、非食部含む重量)の生産量があり、産地としては北海道と青森で50%を占めているとされる。

ホタテガイの養殖はまず最初に、自然界から幼生を採取することに始まる。オホーツク海では4月頃にホタテガイ幼生が生まれ、5月頃に幼生の採苗器(2重構造にした目の細かい網)を海中に設置して幼生を採苗器に付着させる。7月頃に採苗器を引き上げて稚貝を確保し、稚貝が斃死しない密度のカゴへあらたに移す仮分散を行う。この作業は手際よく、数多くの稚貝を選別するために、多くの人手が必要になる。本分散という工程を経て、ようやく種苗として出荷される。
マリンネット北海道HP
網走市HP

ホタテガイの成貝の養殖方法は、垂下(すいか)方式と地捲き(じまき)方式に分かれる。
垂下方式は、ホタテガイの種苗を網カゴに入れて海中につるして成貝になるまで管理する。ホタテは移動できないので、養殖する場所のプランクトン量によってホタテガイの成長速度や身入りの良さを大きく左右される。
一方、地捲き方式は1年ほど生育した稚貝を、海中に直接ばらまいて自然生育させる。八尺(はっしゃく)と呼ばれる桁網(けたあみ)で海底を掻き起こすようにして採取している。
勝川俊雄著「最新漁業の動向とカラクリがよ~くわかる本」秀和システム, 2020, p.150
マリンネット北海道HP

三陸地方で生産されるホタテガイは、流通距離の利点を活かして関東の市場需要に対応した生産を行っている。北海道噴火湾や青森県陸奥湾での生産は、加工品需要を担う大量生産である。
ホタテガイ生産は、1980年代以降は貝毒に対応できる特殊なボイル加工処理を中心にした生産体制を取っていたが、ボイル製品の増産→価格低下→増産の悪循環で過剰な在庫を抱えるようになっていた。貝柱の冷凍加工(玉冷(たまれい))なども行われるようになっているが、噴火湾のホタテガイ生産はオホーツク地区との競合があり、収益力が改善されていない。

近年では稚貝の斃死がたびたび発生している。また2008年頃からは噴火湾や青森県陸奥湾、岩手県及び宮城県の三陸沿岸でヨーロッパザラボヤ(ホヤの一種)という外来性付着生物の大量発生があり、歩留まりが悪化して生産量が低下している。また東日本大震災の津波被害による減産も生じている。
濱田武史著「日本漁業の真実」 ちくま新書, 2014, p.187

ザラボヤ(水産庁PDF資料リンク、あまり良い気分にはなれないかもなので閲覧注意です)

ホタテガイ豆知識

ホタテガイの名の由来、各国の呼び名

奥尻島でホタテガイが豊漁のとき寿都(すつつ)(奥尻島から北東へ40キロほど離れた場所)では不漁、寿都で豊漁の時は奥尻島では不漁になるというアイヌの説話がある。

帆立貝と漢字で表記するように、一方の殻を帆のように水面に立て、海上で風を受けて泳ぐと想像されていたことによる。

『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』には、「口を開いて一つの殻舟の如く、一つの殻帆の如し、風に乗って走る。故に帆立貝と名づく」としるされている。(和漢三才図会は、寺島良安により江戸時代中期に編纂された日本の類書(百科事典))

ホタテガイは漢字で海扇(かいせん)とも書かれる。帆立貝の表記とともに夏の季語になっている。

ラテン名で書かれる生物学名のpectenは櫛(くし)の意味。殻の表面の放射肋(ろく)(放射状に広がる凹凸を)を櫛を思わせることが由来になった。
英語ではscallopと表記する。由来は古いドイツ語で貝殻を意味する言葉。
中国語では海扇。殻の形が扇を思わせることに由来。

ホタテガイとキリスト教

ホタテガイは聖母マリアの処女受胎などをあらわすシンボル。
また、ホタテガイはキリスト教(カトリック)の聖地の一つスペインのサンティアゴ(サンティアゴ・デ・コンポステーラ)を巡礼した者のバッジとして1130年頃から使われるようになっていた。コンポステラ大聖堂の北側で、巡礼者のマントにつけるためのホタテガイの殻が売られていた記録が残っている(I.コックス編《ホタテガイ》)。
これは十二使徒のひとりである聖ヤコブの遺骸をのせた舟が、サンティアゴの岸辺で発見されたとき舟底にホタテガイがたくさん付着していた説や、聖ヤコブが布教中に杖にホタテガイの貝殻をつけ水を飲むときに使用していたなど諸説あるが、聖ヤコブのシンボルとしてホタテガイが現在でも使用される。
日本シンボル協会

シェル石油の企業ロゴ

日本では昭和シェル石油(昭和シェル石油は2019年7月1日に出光に一部を残し統合されている)の名で親しまれた、シェル社(正式名:ロイヤル・ダッチ・シェル Royal Dutch Shell) のシンボルマークは、ホタテガイを用いている。
シェル・トランスポート・アンド・トレーディング社の共同創業者のひとりであるマーカス・サミュエルの話が残っている。同じ名前の父が19世紀の前半、ロンドン塔の隣に古美術品や装飾品を扱う店を開き、やがて南洋諸島に産する貝類の殻を水夫たちから買い入れて大きな利益を上げた。父の遺産4億ドルで息子はタンカーを作り、石油業を始めることができた。このため企業ロゴに貝殻を使用した(鹿間時夫《原色図鑑続世界の貝》)。

納豆アレルギーとのホタテガイ養殖の関係性

納豆アレルギーは、納豆を混ぜると見られるネバネバ糸の主成分ポリガンマグルタミン酸(poly-γ-glutamic acid, PGA)に起因すると考えられている。
納豆を摂取してから約半日後(5〜14時間後)に症状があらわれる遅発性アナフィラキシーとして分類され、症状はほぼ全例で蕁麻疹や呼吸困難があり、消化器症状、意識障害を伴うことがある。意識消失を伴うアナフィラキシーショックの頻度は約70%と高く、重篤な症状を呈することが多いのも特徴。摂取から症状出現までの時間が長いため、診断することが難しくなっている。
納豆アレルギー患者は20〜50歳代の男性に多く、マリーンスポーツ、特にサーフィンをする人が全体の約80%を占めており、サーフィンにおいてクラゲの刺傷に起因すると推定され、クラゲが標的を刺すときに触角細胞内でPGAを産生することが原因とされている。
納豆アレルギー(同友会)

ところが、マリンスポーツとは縁のないようなホタテガイ養殖従事者に、納豆アレルギー患者が多いことが経験的に知られていた。
調査の結果、ホタテガイ養殖の網の修繕や、長期のホタテガイ養殖経験と納豆アレルギーの関係性が示された。
これは、素手で網を触れることによって網に付着した浮遊物に含まれるクラゲおよびPGAと接触し、経皮感作(けいひかんさ)(感作→アレルゲン(アレルギー原因物質)を体内から排除しようと「IgE抗体」を生産する状態)を受けたのではないかと考えられている。
黒鳥偉作, 北るもい地域におけるホタテガイ養殖従事者の納豆アレルギーに関する調査研究, 2023, 北大博論

ホタテガイ生産廃棄物の有効活用

ホタテガイ生産では可食部以外の貝殻(年間約21万トン)やボイル品製造の煮汁(年間450万トン)など、大量の廃棄物が発生している。
特に貝殻の大部分は野積みで廃棄されているとされ、周辺環境への塩害、悪臭、害虫の影響が大きい。
ホタテ貝殻は牡蠣の養殖に使用される他、土壌改良材、鶏のエサ、食品添加物として一部活用されているようだが、十分に貝殻を処分できていない様子がうかがえる。
また煮汁には、ホタテガイのうま味成分が多く含まれているとされるが、天然調味料製造で安価に引き取られる他は、そのまま廃棄されており、こちらも十分な活用はなされていないようだ。
吉田朋央. ホタテ貝殻の機能性に関する研究, 2006, 北大博論
松原久. ホタテ煮汁の有効利用について, 2006, 青森ふるさと食品センター

近年、ホタテガイ貝殻を焼成した粉末に蛍光体としての性質を見出す報告(下野, ホタテ貝殻から創製した蛍光体とその利用, 2018)や、歯科材料として再利用(泉川ら、 ホタテ貝殻の歯科材料への再利用, 2009)なども報告されている。
その他、路面凍結時のスリップ防止剤、抗菌物質、ホルムアルデヒド低減など、ホタテガイ貝殻を価値ある素材や製品としての活用の試みが続けられている。

おわりに

国産ホタテを食材として年間通じて食べられる背景を、簡単ではありますが調べてみました。美味しい食材としての情報以外も多く得られたと思います。
国内の漁業は、従事者の減少、燃料費の高騰、水産資源の減少、売り上げの減少など、将来が危ぶまれるニュースを最近よく目にします。環境変動によって水温上昇すると、ホタテガイ生産量も大きく減少するかもしれません。
中国の国産ホタテ輸入禁止措置について、ホタテガイ養殖従事者をなじるような言葉をネットに書き込む人も見かけましたが、その行為がどういうことを促進するのかよく考えて欲しい気持ちもあり、今回のブログ記事を作った面もあります。
まだ調べ足りていない面もありますが、ずいぶん文字数が多くなったため今回はこれでおわりにします。
おいしいホタテガイを食べる時、ホタテガイの歴史など背景を知ったことで味が深まるとうれしいです。

今回からブログに投げ銭箱を置いてみます。記事が良かったなど、感想や投げ銭で反応をいただけると、励みになりますのでよろしくお願いいたします。

参考資料

  • 世界大百科事典(平凡社)
  • 日本大百科全書(小学館)
  • 望月賢二, 『図説 魚と貝の事典』(柏書房)
  • 荒俣宏、 『世界大博物図鑑 別巻2 水生無脊椎動物』(平凡社)
  • ウィキペディア

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